2018年07月03日

列伝 織田信長

織田信長 1534~1582



織田信長は古渡城主、織田信秀の嫡男として1534年に生まれる。

最初はうつけ者と呼ばれていたが、家督争いに勝ち、さらに桶狭間の戦いで今川義元の大軍を破る。

この時から信長のことをうつけ者と呼ぶ人はほとんどいなくなった。

清州同盟で徳川家康と同盟を結び、東の憂いを無くす。

足利義昭を奉じて上洛すると、将軍、次いでは天皇の権威を利用して天下に号令した。

後に将軍足利義昭を追放してしまう。

室町幕府がこの時織田信長によって滅ぼされる。

また、長篠の戦いでは大量の鉄砲を駆使して最強武田騎馬軍団に勝利する。

この時、武田家は衰退する。

長島一向一揆の制圧や浅井長政・朝倉義景などの宿敵も撃破し、天下に名乗りを上げる。

その象徴として安土城を築く。

これで織田信長が天下を取るかと思われた。

しかし、信長は秀吉の中国攻めの援軍に行く途中、本能寺で休息をとっていたところを家臣の明智光秀が襲う。
50人ほどの手勢しか率いていなかった信長であったが、最初は信長自身も槍を手に取り戦った。

しかし明智軍の圧倒的多数にはかなわず、居間に戻った信長は自ら火を放ち、燃え盛る炎の中で、自害して果てた。享年49

森蘭丸も自害。








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posted by 織田信長 at 01:04| 東京 ☀| Comment(1) | 武将列伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
かわいそうに信長。
Posted by at 2018年09月10日 21:09
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